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2016年04月1日
[お知らせ] 明石城ができた理由は?
坤櫓
天守台から西方向
東ノ丸から南方向
内容
 明石城は、徳川2代将軍秀忠の時代にあたる元和6年(1620年)に造られました。この年は大坂夏の陣により豊臣家が滅んでから4年後に当たります。
 ご存じの方は多いことと思いますが、慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦いがあり、東軍である徳川方の勝利に終わりましたが、西日本には豊臣家恩顧の有力大名が多く残りました。
 このため、徳川幕府は西日本の外様大名に対する警戒心を関ヶ原の戦い以降持ち続け、畿内と西日本を結ぶ交通の要衝で、晴れた日には淡路島や小豆島を眺めることができ、瀬戸内海の水運や西日本に通じる街道を眼下に見渡すことができる明石に目を付け、西日本の見張りを目的として明石城を造ることとしたのです。
 明石城を造ったのは小笠原忠真で、以降本多家や松平家の譜代大名や親藩大名によって明石藩は治められました。
 明石城には当時天守台も造られ、5層から成る天守閣を造る計画もありましたが、徐々に時代が安定していくなかで、その計画は中止となりました。
 造られた当時から400年近く経った現在の明石城址からは、JRや山陽電鉄などの鉄道や神戸空港に降りる飛行機も眺めることができ、今の状況を眺めれば当時の藩主もきっと驚くことでしょう。
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